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 自然美と芸術美

「自然」の反対語は「人工」だけでなく「芸術」でもあるだろうか。芸術の一般的な定義として、人間の創造物によって表現者と鑑賞者が美的コミュニケーションを図ることと理解している。それは人間の人間による活動であって、必ず人工的な創造物がコミュニケーションの実現の媒体として存在する。従って芸術活動は、自然の相容れない人工的な活動だと捉えられがちだ。では自然美と芸術美は同じように反対の意味を成す言葉だろうか。自然の創り出す美と人間が芸術を通して創り出す美は対を成すものだろうか。

自然美はなぜ完全なのか。鑑賞者が存在する以前に自然の美は完成しているからだ。一方芸術美はただ創造するだけでは成立しない。創造することは芸術のきっかけには成り得ても、その完成では決してない。時に人は創造活動に没頭するあまり、鑑賞者の存在を忘れがちである。芸術美は受け止められて初めて美と成り得る。反対にそこにただ存在しているだけで美しいものが自然であり、だからこそ自然美に畏敬の念を催さずにはいられない。

日本人は永遠でなく移ろいゆくものに美しさを見出す人々である。日本人である私にとって、美に自然か人工かの違いはなく、代わって私の美の定義にはもののあはれが含まれる。もののあはれは自然美に感じることが経験上多いけれど、自然にのみ存在しているとは思わない。非常に稀有なれど、人間の芸術活動にも同じ美を感じることがある。人間の創造物が人と人との完全なるコミュニケーションを達成した時、それぞれの人間の情趣に溢れる様が一つの調和を達成したとき、その美しさに畏敬の念を催す。その芸術美は自然美と全く同一で、心の震えに違いはない。自然の創り出す美と芸術が成し遂げた美は、もはや鑑賞者が存在しない時点で同じ種類の美に昇華する。それは時間や空間を超えているから、永遠の美とも刹那の美とも言える。普遍の美こそ、私が生涯求めている真理である。
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