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 女性の社会的地位と生物学的役割

私は昭和を代表する両親の元で育った。戦後日本を支えた団塊の世代であるサラリーマンの父と、専業主婦の母である。父は誰よりも早く家を出、誰よりも遅く帰宅する仕事人間で、あまり出会うことがなかった。あらゆる日常の相談事は母にするのが当たり前で、毎日必ず「お帰り」を言ってくれのも母であった。元来家父長制度や戸籍制度を採用してきた日本において、社会に出るのがまずは男性である事実は、最早当然であり、その中で育った私にも言わずもがな根付いている。

機は学生時代に訪れた。私は都内でも屈指の自由と自立を重視する女子校に進学した。中高6年間、日本中のどこよりも、誰よりも、女性の社会進出と地位向上を議論する時間を与えられた学校であった。男性社会で生きて行くことに何の恐れも抱かない女の子達の一人になった。そして昨今、女性よりも「女性らしい」生物学上の男性は星の数ほど存在する。お菓子作りの得意なスウェーデン男子は、あるいはその先駆けかもしれない。日本においても、草食男子や育メンという言葉が広く認知され、同性愛や性同一性障害を告白する人々が受け入れられ始めた時代である。豊かな暮らしが当たり前となった現代では、性における本能的、生物学的役割は失われつつあるのかもしれない。



男女平等の議論に関し、欧州、その中でもスウェーデンは、間違いなく世界的先進国と言えるだろう。女性の社会進出と地位向上に時代を先駆けて着手し、目覚しいスピードで発展を遂げてきた。国際人である在留邦人の中には、そもそもこの自由で新しい風潮を求めて遠く日本を離れた方も少なくないはずだ。そんなスウェーデンで、今なお毎日のように男女平等の議論が繰り返されていることは、暮らしてみてはじめて分かった驚きの一つだ。平均給与、管理職に昇進する割合、国会議員の数、社会におけるあらゆる男女比と女性の劣勢が日々取り上げられている。その関心のあり方は、先進国の中でも明らかに遅れを取っている平等化途上の日本に比べ、はるかに情熱的で熱心である。

しかし、いつまでたっても平等は実現しない。女性の多くが未だ不満を抱え、誰もが完全平等が成し遂げられたとは思っていない。議論の日常的な再燃がそれを如実に物語っている。70年代に始まった熱心な取り組みが、21世紀をとっくに迎えた今般、世界をリードするスウェーデンですら未だ実現したとは言えないのだ。なぜだろう。そうする必要がないからではないのか。

妊娠・出産をする生物学的役割、男性を労わる事のできる本能的な女性らしさの役割を考えずにはいられない。子供を産める体を持っていること、子どもを産むということ、それは計り知れない喜びだとあらゆる母親が語る。また、家の外で肩肘張ってがんばるお父さんのプライドを、はいはいと言っていとも簡単に満たしてしまう世のお母さん達のなんと素敵なことか。女性の自由と自立は、それら本来の女性の特性を棄てることではないはずだ。

本能と人類の歴史に裏付けられた女性の特性と、女性の社会的地位向上を目指す新しい時代の狭間で、私は混乱を隠せない。母は言う。生活のために仕事せざるを得ないような苦労はしなくていいのよ。同僚は言う。女性の平均月給が男性より9000クローナも低いなんて信じられない。両極端の思考にさらされて、バランスが取れない。誰よりも自立心があると自負し、社会で男性と対等に生きる力や権利を与えられたのに、持って生まれた大切な日本らしさや女性らしさを知らず知らず棄ててしまっているのではないかと怖くなる。私は我利我利亡者だ。どちらも失いたくない。しかしバランスが取れない。恐れをなした私は、この相反する二思想にがんじがらめに縛られ、結局何の身動きもできなくなってしまった。
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