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 公開死

久しぶりに色の付いたリアルな夢を見た。私はとあるイベントに出演が決まっていた。市民会館のようなホールで開催され、地域の住民が日曜日に集って参加するような、和気藹々としたローカルな催しだった。ちょっとした講演を依頼されたような雰囲気だった。

だが私の演目は、殺されることだった。ステージの上で死ぬことだった。どうしてそうなったのか、なぜそれをしなければいけないのか、経緯はさっぱりわからなかった。既に全てが決まっていた。
言及しなければならないのは、それがありふれた市民の催しのイベントの一つにすぎなかったということ。夢の世界では、死ぬことが講演をするのと同等の価値であったということ。すなわち、異常で反社会的な地下世界で行われるサイコでも、何か大きな過ちを犯したゆえの処刑でも、どうにも抗うことのできない時代や歴史のなせる運命でも、なんでもなかった。ネガティブな要素は何もなかった。夢の中では、日曜の午後の平和な催しの一つとして、私の死が取り上げられていた。

出演を承諾した私自身に何の迷いもなかった。ただどうやって殺されるのかを聞かされていなかった。私は終始その方法を考えていた。銃殺か、毒殺か、ギロチンのような装置を使うのか。主催者側はスナイパーを雇ったのか、2階席の暗闇から撃ってくるのか、そんなことだけのんびり考えをめぐらしていた。出演前にアンケートのようなものを書かされた。それは履歴書だった。今日までの人生で何をやったのかを記す履歴書だった。何を書いたかは覚えていない。ただ初めに学歴の欄があった。日本人のスタッフも数名来ていた。その一人の日本人女性は、私の記入した母校を褒め、一緒に来ていた子供である小学生ぐらいの兄弟を指差しながら、うちの子たちもそのくらいの大学に進学してくれればねぇ、とつぶやいた。

演目には、もう一人、スウェーデン人のおじさんの参加も決まっていた。40代後半ほどの小柄な男性で、なで肩の少し寂しげなどこにでもいるおじさんだった。出番までの待ち時間中、二人で楽屋にいた際に奥さんの話をしていた。これから死ぬ人の一種の覚悟のような諦めや、困ったような微笑はおじさんの表情にうっすら表れていた。だから私は夢の中で、ごく僅かだがこれから訪れる自分の死への疑問を抱くことができていた。恐らくおじさんだけが、夢の中と現実とを繋ぐ唯一の橋だった。

いよいよ出番が訪れた。2~300人ほどで埋まった会場には、子連れの家族も大変多かった。ホール後方のドアから入場し、客席の合間を歩いて壇上へ上るという粋な演出だった。和やかなムードの中、司会の紹介を受けながらおじさんと一緒にステージへ向かう。登壇する。二階席の暗がりにスナイパーを探してみる。何も見えない。聡明な女性司会者が、楽しげにそして淡々とこの演目の内容を説明する。これから私とおじさんは殺される。大勢を前にしたちょっとした緊張と、ステージに立っているという興奮はあったが、死ぬ死ぬ死ぬ、殺される、といった感じるはずの恐怖や強迫観念は一切なかった。目が覚めた。

この状況を表す語彙が存在しないことに気がついた。自殺でも殺人でもなく、殺し殺されることに間違いはないのだが、殺という言葉を含むとどうしてもネガティブな印象を与えてしまう。それは演目の一つにすぎなかった。大衆に公開され楽しんでもらうエンターテインメントだった。興行だった。公開死とでも名づけるべきか。それはただのイベントにすぎなかった。

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