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 Hösten är konstens tid

今日新しい友人がひとり増えた。
彼は50歳くらいのスウェーデン人で、
ある日本アニメをTVで偶然見て以来、「なんて美しい言葉!」と感銘を受け、日本語を勉強しだしたそう。
ひらがなカタカナ漢字も少し、字はとてもよく読めるが、会話が苦手。
そこで考えた彼。
彼の選んだ日本の昔話の子供向け絵本を朗読してもらい、録音し、それを繰り返し聞いて真似して学ぼう。
私がその朗読を引き受けることになった。聞いて理解する「録音本」を作るのだ。

スウェーデンでは、この「録音本」がとても一般的。
子供向け絵本だけでなく、成人が読む普通の有名小説や文学も一通り全て、紙ベースだけでなくこの「録音本」として出版されている。図書館にも必ず置いてある。
背景に、ディスレクシア(失読症、難読症、識字障害、読字障害)への深い理解がある。
現スウェーデン国王、王女、王子やトムクルーズがディスレクシアであることを公式に認めているが、そもそもスウェーデンでは字を読むこと、正しく綴ることは重要なことと認識されていないように思う。
例えば、スペルの間違いは間違いではない。テストでスペルを誤っても減点されない。
ストックホルム(STOCKHOLM)はしばしば「STKHLM」と表記される。きちんと書ききらなくても何を意味しているかが伝わればそれでいいのだ。
友人の彼氏は賢い現役大学生だが、りんご(ÄPPLE)のスペルを何回書かせても間違える。
それは高等教育を受けるにあたって何の障害にもならない。現に彼は大変インテリジェントな人物だ。

初めてこの「録音本」を知人が購入しようとしているのを見たとき、私は彼が何か障害を持っているのかと思った。
実際日本語では識字障害と表現するわけで、ネガティブな印象を持たずにいられなかった。
しかしスウェーデンの人にとっては、知識・情報を耳から聞いて理解することは至って通常の手段であり、
例えば科学用語の沢山出てくる本を読むのが面倒くさいから、などという気軽な理由で「録音本」を選んだりする。
市役所や図書館の様な公共施設のホームページには、トップに必ず「Ljud(音)」のマークがあり、
クリックするとホームページの内容が音読される。
ホームページの訪問者ですら、文字を読まずに情報を得ることが出来るのだ。
確かに日本語は表意文字である漢字を使用している為、視覚からの情報が重要であるのは事実だ。
言語的性格にも依拠することは否めないが、しかし日本では全くといっていいほど見られないサービスだ。
きめ細かいケアの実用化と社会への浸透が日本でなされていないことを恥じると同時に、
マイノリティを網羅するこうした工夫が、この国が福祉大国と呼ばれる所以なのだろうと思う。

昔話の録音を頼んできた彼も、自然な発想で思い立ったに違いない。
彼はディスレクシアではないし、言語学習において耳から慣れることが大変重要で有効なのは周知の事実だ。
今回彼を手伝うことになって、音がもたらす役割について改めて考えさせられた。
ジョブズ氏が急逝されましたね。
Iphoneに始まるタッチパネルは本当に便利で、言葉を話し始める前の1歳の友人の子供も、私よりはるかに上手にタッチパネルを使いこなしている。
しかし目の見えない人々にとっては、それは何の意味も成さない装置だ。
時代がタッチパネル一色に染まる中で、彼らの焦りや不安は相当なものに違いない。
素晴らしい発明に伴って、万人が同じ利便性を享受できる様なケアを忘れてはいけない。
例えば良い音楽を聴くと、見えないはずの情景が浮かんだり、匂いを感じたりするでしょう。
音でできることはないだろうか、そう思わずにいられない秋の夜長です。
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