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今日のテーマは虐待!

今日のテーマは虐待!

って、重いテーマを明るく掲げてみました。
私の仲良しの先輩が、先日路上で虐待であろうと思われる一幕に遭遇しました。
近所のスーパーの前で、小学校低学年ほどの子どもに暴力を振るっているお父さんを目撃したのです。
知らない親子だった。
しかし明らかに行き過ぎた暴行だった。
私ならどうするか?

勇気ある先輩は、最後までその親子の動向を目撃し続けて、
しかし結局声をかけられずに終わりました。
先輩は事の詳細と、心の中の不甲斐なさをブログにアップして、WEB上で皆でどうしたらよいか考えることにしました。

まず、先輩の勇気ある行動を誇りに思います。
例え声をかけなかったとしても、今もその親子について考え、皆に問題提起した。
知らない親子のことでありながら、同じことが身近に起こりうる昨今の社会において、
若い私達に重要な問題を提起しそれについて議論する場を与えてくれました。
はじめ私は、最後まで見届けた先輩の勇気を称えながらも、
結局その場で何もしなかったならば即ちその子どもにとって先輩は傍観者に過ぎないと思いました。
被害者である子どもには親こそが全てであり、
例え先輩が遠くから見守っていてくれても、その存在が伝わっていなければ意味がないのだと。
でも今、こうして他人の私達がその子どもの環境を話し合い、
それぞれが子どもの幸せを遠くから祈ることは、決して無意味ではないと考え直しました。
なぜなら、この小さな祈りの輪が広がる可能性は大いにあるから。
インターネットという新しいツールは時に今回のようなチャンスをもたらしてくれます。
時間や空間を超えて私達は話し合うことができた。
あるいはこの輪がいつか、当の子どもにたどり着くかもしれない。
そう考えると、ブログで皆に一石を投じた先輩は決して"何もできなかった"と言う必要はないと思う。

ただでさえ地域や家族の関係が薄くなっている今、
虐待は、一家庭内のプライベートな問題として、誰もが踏み込みにくい難しい社会問題です。
しかし今日虐待によって命を失う子どもが増え続けている以上、
私達はそれについて以前よりもさらに深く考えなくてはいけない。
目撃したからって止めればよい問題じゃないし、
そこで止めたから解決するわけでもない。
それでも虐待について話し合うことは有意義なこと。
すっきりした結論は出せないけど、皆で考えて話し合ったことは決して無意味ではないと思う。
先輩、すごいっす!
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