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 暗喩量産三島様

 キスが終わる時。それは不本意な目覚めに似て、まだ眠いのに、まぶたの薄い皮を透かして来る瑪瑙のような朝日に抗しかねている、あの物憂い名残惜しさに充ちていた。あのときこそ眠りの美味が絶頂に達するのだ。

 
 誰も見ていない筈なのに、海に千々に乱れる月影は百万の目のようだった。聡子は空にかかる雲を眺め、その雲の端に懸かって危うく瞬いている星を眺めた。清顕の小さな固い乳首が、自分の乳首に触れて、なぶり合って、ついには自分の乳首を、乳房の豊満の中へ押しつぶすのを聡子は感じていた。それには唇の触れ合いよりももっと愛しい、何か自分が養っている小動物の戯れの触れ合いのような、意識の一足退いた甘さがあった。肉体の外れ、肉体の端で起こっているその思いもかけない親交の感覚は、目を閉じている聡子に、雲の外れにかかっている星のきらめきを思い出させた。
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 言語と思考

 第二言語を学習する者にとって、自分の考えを正しく相手に伝えることの難しさは痛いほどよく分かる。スウェーデンに暮らす日本人のほとんどが、それまで耳にしたことすらないスウェーデン語という未知の言語と日々戦っていることだろう。
 コミューンで働き始めて数ヶ月が経ち、仕事の内容もだいぶ分かり始めてきた。使いこなせはしないものの、日々飛び交う専門的な用語すら耳に馴染んできた。新しい単語、更に辞書に載っていない業界の用語が相変わらず毎日現れるが、少なくとも、それが何かを質問できる勇気や、質問する正しい相手とタイミングを見極めるコツ、更に同僚側に生まれた、私にはとりわけ簡単な言葉を使おうというような暖かい理解など、仕事をスムーズにこなす下地が有難くも築けてきた。
 多言語を操る際に脳内のスイッチを切り替える感覚は、私のみならず多くの人が経験しているだろう。浴びるようにスウェーデン語に触れている今、かつてもう少し話せていたはずの英語が分からなくなったという話題は常に上る。最近は、何かひらめいたときやメモを取りたいとき、それを日本語で書こうかスウェーデン語で書こうか頻繁に迷うようになった。結局スウェーデン語では正しく脳内の思考を表現できないと一瞬で諦め、いつもの様に日本語で書き留めるに至る。しかしそこで疑問に思った。そもそも日本語でならば正しく出力できると信じているのが間違いではないか。
 私の脳みそだけかもしれない。何か考えをめぐらしている時や、新しく入力された情報が既知の情報を刺激している時、その漠然とした考えは、脳みその中にあるだけで未だどの言語にも変換されていない。ただのもやもやした思考だ。もやもやはもやもやの形式のまま脳内の記憶に照合されたり、別の思考に変化したり、新たなひらめきを産んだりする。すなわちどの言語で入力されようと、入力された情報は脳内でもやもやに一度変換され、もやもや拡張子のまま処理される。出力する時初めて、もやもやは好きな言語に変換できるのだ。
 もやもや処理は高速処理だ。もやもや処理に出力が間に合わなく幾度あたふたしたことか。頭の中をそのまま見せたいと幾度思ったことか。果たしてそれは日本語を選択して解決される問題ではない。日本語でも、スウェーデン語に比べ圧倒的に頻度が少ないにせよ、全く同じ苛立ちを経験している。
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