スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 アジアの純真

日が経つにつれ腹の虫が収まらない出来事があったので敢えて綴ります。

スウェーデンに暮らしてると、時々スウェーデン男性から道で声をかけられる。
「やぁ、前にも会ったの覚えてる?久しぶりだね、どこから来たの?タイ?フィリピン?」
要はナンパなのだが、彼らは私がアジア女性であるという理由で声をかけてくる。
スウェーデンには、タイを始めとするアジア女性とスウェーデン男性の組み合わせのカップルが大変多い。
特にタイは、日本で言うところのハワイみたいな感じでとても人気の観光地。
昨今の日本人男性にも同じく人気があるようだが、独身スウェーデン人男性はこぞってアバンチュール先にタイを選ぶ。
「アジアの女性は男を立てる」とは世界に共通の認識らしく、旅先で出会った女の子をそのまま連れて帰り結婚するのだ。
そしてその多くは、二回りも三回りも年上の経済的に余裕のある男性が、若く生活に困窮している女の子を選ぶ。
あるいは、ネットで出会って数回話しただけの、言葉も大して通じない娘を、いきなり呼び寄せることも珍しくない。

ここスウェーデンでは、私も彼女達と同じ‘アジア女性’の括りにいる。
例えば、私たちが60近いアフリカの国々のそれぞれの人を、‘アフリカ人’と括ってしまう様に、スウェーデン人からしたら私もただの一アジア人だ。
それはいい。
でも、生活の為に身体を売って来る女の子としてのアジア女性には死んでも括られたくない。

先日、スウェーデン人の友達の家に遊びに行った際、その友人のお父様に出会った。
お父様は私の希望する職業に就いており、また私が欲しい人脈を沢山持っているようだった。
コネが全てのスウェーデン社会において、友人のお父様との出会いは、私にとって大きな援けになると確信した。
人柄も、親切でユーモアに溢れ、年齢よりも若く見える素敵な方だった。
後日、私はお父様に話を聞くべくお茶の機会を設けた。
二人きりでカフェに行ったのだが、彼は冒頭から愛に関する話を喋り通し、彼女が欲しいと叫び続け、私の黒髪を褒め、我慢できなくなった私は早々に退散した。
友人におかしなお茶だったと報告すると、「彼(お父様)はそういう人だから。淑子と付き合いたかったんだよ。」
友人もお父様も、私にパートナーがいることは百も承知であり、それを何故敢えてデートさせたのか?私には全く理解できない。
気づいていなかったのは私一人で、周りは皆お父様の下心?を知っていたし、それも‘あり’だと思ったから誰も止めなかったんだろう。

私は娼婦ではありません。
アジア女性は娼婦ではありません。
現代の都会で育ち、良い教育を受け、経済的にも自立し、ましてやJG卒の私が、女性であることをネガティブに感じたことは一度も無い。
奇しくも、世界で最も男女平等を高らかに謳うこの国で、生まれて初めて「男尊女卑」の実態を身を持って知った。
生活する為に身体を売らざるを得ない女性が存在する限り、
私を含むその他の女性すら、同じ目で見られるという思わぬ弊害を受けることに気づいた。
良い意味で、社会における女性の地位向上が人事ではなくなった。

恋に落ちて結婚した、タイ人とスウェーデン人のカップルも沢山いる。
周りにも、幸せに暮らすタイ人の友人が沢山いる。
でも敢えて言いたい。
先進国の男性が、貧困に悩んでいるからと言って、女性の人生を買うことは出来ない。
貧困に悩む女性でも、自分の人生を男性に売ってはいけない。
私が娼婦みたいな格好をしているのか、それとも本当に純粋なナンパだったのか、
「黒髪だから声かけられた!」と騒いでいるのは実は私だけなのかもしれない。
でもこんな経験も気持ちも初めてで、自分でもおさまりつかないよ。
次ナンパされたら張り倒してやる。
この文をスウェーデン語に書き直して、新聞にでも投書してやろうかと思う。
皆はどう思う?
スポンサーサイト

 Hösten är konstens tid

今日新しい友人がひとり増えた。
彼は50歳くらいのスウェーデン人で、
ある日本アニメをTVで偶然見て以来、「なんて美しい言葉!」と感銘を受け、日本語を勉強しだしたそう。
ひらがなカタカナ漢字も少し、字はとてもよく読めるが、会話が苦手。
そこで考えた彼。
彼の選んだ日本の昔話の子供向け絵本を朗読してもらい、録音し、それを繰り返し聞いて真似して学ぼう。
私がその朗読を引き受けることになった。聞いて理解する「録音本」を作るのだ。

スウェーデンでは、この「録音本」がとても一般的。
子供向け絵本だけでなく、成人が読む普通の有名小説や文学も一通り全て、紙ベースだけでなくこの「録音本」として出版されている。図書館にも必ず置いてある。
背景に、ディスレクシア(失読症、難読症、識字障害、読字障害)への深い理解がある。
現スウェーデン国王、王女、王子やトムクルーズがディスレクシアであることを公式に認めているが、そもそもスウェーデンでは字を読むこと、正しく綴ることは重要なことと認識されていないように思う。
例えば、スペルの間違いは間違いではない。テストでスペルを誤っても減点されない。
ストックホルム(STOCKHOLM)はしばしば「STKHLM」と表記される。きちんと書ききらなくても何を意味しているかが伝わればそれでいいのだ。
友人の彼氏は賢い現役大学生だが、りんご(ÄPPLE)のスペルを何回書かせても間違える。
それは高等教育を受けるにあたって何の障害にもならない。現に彼は大変インテリジェントな人物だ。

初めてこの「録音本」を知人が購入しようとしているのを見たとき、私は彼が何か障害を持っているのかと思った。
実際日本語では識字障害と表現するわけで、ネガティブな印象を持たずにいられなかった。
しかしスウェーデンの人にとっては、知識・情報を耳から聞いて理解することは至って通常の手段であり、
例えば科学用語の沢山出てくる本を読むのが面倒くさいから、などという気軽な理由で「録音本」を選んだりする。
市役所や図書館の様な公共施設のホームページには、トップに必ず「Ljud(音)」のマークがあり、
クリックするとホームページの内容が音読される。
ホームページの訪問者ですら、文字を読まずに情報を得ることが出来るのだ。
確かに日本語は表意文字である漢字を使用している為、視覚からの情報が重要であるのは事実だ。
言語的性格にも依拠することは否めないが、しかし日本では全くといっていいほど見られないサービスだ。
きめ細かいケアの実用化と社会への浸透が日本でなされていないことを恥じると同時に、
マイノリティを網羅するこうした工夫が、この国が福祉大国と呼ばれる所以なのだろうと思う。

昔話の録音を頼んできた彼も、自然な発想で思い立ったに違いない。
彼はディスレクシアではないし、言語学習において耳から慣れることが大変重要で有効なのは周知の事実だ。
今回彼を手伝うことになって、音がもたらす役割について改めて考えさせられた。
ジョブズ氏が急逝されましたね。
Iphoneに始まるタッチパネルは本当に便利で、言葉を話し始める前の1歳の友人の子供も、私よりはるかに上手にタッチパネルを使いこなしている。
しかし目の見えない人々にとっては、それは何の意味も成さない装置だ。
時代がタッチパネル一色に染まる中で、彼らの焦りや不安は相当なものに違いない。
素晴らしい発明に伴って、万人が同じ利便性を享受できる様なケアを忘れてはいけない。
例えば良い音楽を聴くと、見えないはずの情景が浮かんだり、匂いを感じたりするでしょう。
音でできることはないだろうか、そう思わずにいられない秋の夜長です。
最新記事
カレンダー
09 | 2011/10 | 11
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
ブロガーリンク
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。